悪魔の章 027.会敵

『ゲームの内容は極めてシンプル。“鬼ごっこ”です。今より三時間のあいだ、プレイヤーの皆様は鬼に捕まらないよう逃げてください。僭越ながら青の部屋の鬼役は、わたくしマアが務めさせていただきます』

一切の情動を感じない、魔阿の整然とした声が第二のゲームの始まりを告げる。

『見つけ次第殺していきます。頑張って逃げてくださいね』

壮士は盛大に舌を打った。

「マズイな……」

三時間のあいだ鬼から逃げきればクリアというゲーム。
壮士個人としては歓迎できる部類に入ると言っていい。あまり得意ではない分野、頭脳を駆使する質のモノでなかったというだけでありがたい。
だが、どこかで同じ説明を聞いているであろう琴子は、それはもうしかめっ面を作っているに違いない。彼女の場合、魔阿に見つかったが最後、成すすべなく殺されてしまうだろう。
故に壮士は、とにもかくにも魔阿に先んじて琴子を見つけてやらねばならない。
先に合流できれば目はあるが、魔阿に先を越されてしまうと確実に殺られる。ある種、壮士と魔阿で競争だ。

『ゲームの概要は以上となります』

そんな壮士の理解は、続けて出た魔阿の説明を以ってさらに悪い方向に傾いてしまう。

『続けて禁則事項についてお知らせします。今回のゲームに於いてプレイヤーの皆様への禁則事項はございません。繰り返します。禁則事項はございません。なにをやっても自由です』
「あ~~、クッソ……! こりゃ本格的にマズイぞ……」

なんとも嫌らしい表現をしてくれる。
自由といえば聞こえはいいが、念押ししたところからして、つまりこういう話だ。

・鬼に抗ってもいい
・プレイヤー同士で殺し合ってくれても構わない

前者はいいが、後者は最悪だ。
子鹿の周囲はライオンだらけ。危険なのは鬼だけではない。他の誰に見つかってもパクリと食べられてしまう。そのくらい貧弱なのだ。琴子は。
もっとも、あの参謀殿は腕っぷしこそモヤシだが、危機察知能力はやたらと高かったりする。壮士が見つけるまでのあいだ、どこかしらで息を殺し、上手く隠れてくれるはず。持ち前の運の良さと嗅覚を信じるしかない。

『次に、ゲーム会場についてお話します。既にお気づきの方がいらっしゃるかもしれませんが、今回の舞台はとある都市をモチーフとした閉鎖空間となっています。皆様はそのどこかにランダムで配置されています』
「都市……?」

いぶかしげに呟き、壮士は大きく取られた窓に歩み寄る――と、

「……わかっちゃいたけど、何でもありだな」

眼前に広がるは多種多様な形をした高層ビル群。
その街は、仕事がら壮士の馴染み深い場所であり、

『都庁を中心に半径1.5キロ、直径3キロメートルの円陣内がゲーム会場です』

恐らく中心位置の目印ということだろう。
遠くに見える特徴ある建物に、天から赤い光線が降りていた。

『このフィールドは時間の経過と共に狭まって行き、最終的には半径100メートルまで縮小されます。
フィールドの外に出た場合は警告音を以ってお知らせします。その状態で1分が経過すると有無を言わさず死んでいただく仕様となっていますのでご注意ください』

新宿をモチーフにした仮想空間がデスゲーム会場。常におびただしい数の人が行き交う街だけに、人っ子一人見つからないその歪な光景は薄気味悪く見えた。
土地勘のある壮士は周囲の建物を情報源に、自身の現在位置を割り出していく。

「西新宿か」

周辺環境から壮士の現在位置は、かの有名な高級ホテルの一室――それも三十階をゆうに超えるその高さからスイートルームであるとみて間違いないだろう。

『なにぶん広大な空間ですので、鬼がプレイヤーを見つけ出すのは容易ではありません。そこで鬼・プレイヤー双方に互いを探知する方法を設けることとしました』

魔阿がそう言った瞬間、短い電子音が聞こえた。

『鬼が一定範囲に近づくと、皆様の脳内に音が響きます。距離が近ければ近いほど、音が鳴る間隔は短くなります』

説明を裏付けるように何度か音が聞こえた。最初は『ピ』と一度だけ鳴り、その後は『ピピ』と二度、最終的に煩いくらい連続して音が鳴った。

『という形です。ソナーのような物とお考えください。鬼はこの音を頼りにプレイヤーを探し、プレイヤーはこの音を頼りに鬼の接近を察知する仕組みです。ただしこのソナーは、プレイヤー同士の接近では機能しません。誤解なきよう』

そんな説明を聞きながら、壮士は室内を検めていく。
二十畳を超えるリビング、ツインのベッドルームに浴室トイレ。部屋の外には長い廊下が続いていて、これといった特別な発見はなかった。が、周辺環境を正確に把握するのは基本だ。

『これが最後となります。公正に残り時間が把握できるよう、皆様の視界に時計を表示します』

瞬間、視界の端に半透明のデジタル時計が表示された。
表示は03:00:00となっていて、どうやら秒単位で把握できる親切設計なようだ。

『説明は以上となります。神様・創主様共に、皆様の力戦奮闘に期待するとのことです』

そうして魔阿は高らかと宣言した。

『ゲームスタートです』

デジタル時計が減算を始めたと同時に、壮士はポシェットから単眼スコープを取り出し、見晴らしの良い高所から魔阿と他のプレイヤーを探しつつ、

「琴子、聞こえるか。応答しろ」

やはり何度呼び掛けても応答はなかった。
グアムでの訓練のなかで、分断されたケースの申し合わせはしている。こういう場合、琴子が能動的にこちらを探すことはしない。琴子が取る行動の最優先は安全確保だ。
あの子は身を潜めるのに適した場所を探しているに違いなく、故に壮士が積極的に動いて琴子を見つけてやらねばらならい。

「といってもな」

広すぎる。探索範囲は直径3キロの広大なフィールド。絨毯爆撃的に“面”で舐めて、インカムが反応してくれるポイントを見つけるしかない。
ないが、それはそれで危うい行動だ。動けば動くほど、魔阿や他のプレイヤーに発見されるリスクが上がるのだから。
恐らくだが、琴子は壮士と反対側のフィールドに居ると思われる。壮士は現在、中心位置から見て西側に位置する。インカムの有効範囲から考えて、東側に居ると想定するのが道理だ。しかしそれも琴子が地下に居たならその限りではない。

壮士は胸に燻る焦りを押し留め、外の観察を続ける。こういう時こそ焦ってはならない。冷静に情報を集め、先を見越した算段を立てるべきだ。
と、

「あ……」

目算で200メートル先、豆粒のような何かが動くのを発見した。
壮士は壁に身を潜めつつ、かすかに動く豆粒に単眼スコープを向けて、

「おいおい、近いな……」

開始早々に発見した。
ゴーストタウンにひとりたたずみ、自身の存在を主張するかのように周囲に首を巡らせているのは、青に住まう鬼――魔阿だ。

「こっち来んな。あっち行け、しっ、しっ」

ゲームが始まってまだ5分と経っていないのに、命懸けの殺し合いをさせられるのは勘弁してもらいたい。というか最後までしたくない。痛い思いするのも嫌だ。
そんなことを考えながら観察していると、魔阿は視線をとあるビルに向けて、ゆっくりとした足取りで中に入っていった。

それを受け、壮士は考える。

魔阿の位置がハッキリしている今の内に、琴子を探しに出るか。若しくはもう少し様子を見るか。
できればもう数分くらいは魔阿の動向を伺いたいところだ。何か彼女の情報が取れるかもしれないし、他のプレイヤーを見つけられるかもしれない。一方的にこちらだけが捕捉できている機会は二度とないかもしれない。
動くなら地上を移動するのは避けたほうがいいだろう。こちら同様、周囲を観察している他のプレイヤーがいると考えるべきだ。
安全を優先するなら地下鉄の坑道を使うのがベスト。しかしそれだと、琴子が建物の中にいた場合、インカムが反応しない公算が大きい。
そんな色々を逡巡していると、

「!」

魔阿が入ったビルから男がひとり飛び出してきた。
壮士は眉間にシワを刻みつつ、スコープを向ける。
たぶん年の頃は壮士と同世代、若い男だ。名も知らぬ彼はありありと絶望と恐怖を顔に貼り付け、何度も背後を振り返りながらひた走る。

「死んだな」

自然、壮士はそんな物騒なセリフを漏らす。
男に続いてビルから出てきたのは言うまでもなく魔阿だ。
青い瞳の死神は薄く微笑みながら膝を曲げ、それから比喩ではなく、真実一足飛びに男の背後に迫った。背中を蹴飛ばされた男は、車に撥ねられたかのような勢いでアスファルトの上を転がった。
痛みに悶絶しながらも、魔阿に向けて命を乞うように手を掲げる男。
魔阿はしかし、その幼さの残る面立ちに冷酷な微笑を映して、

「ッ……」

男の頭を踏み抜いた。
無論、壮士が耳にすることはなかったが、もしそばに居たなら、トマトが潰れたような嫌な音が聞こえただろう。
その凄惨で、けれど現実離れした光景を目にしても、今さら壮士は恐れはしない。動揺もしない。足がすくむことはないし、肌が泡立つこともない。
死んだ男に同情も覚えない。だからといっていい気味だとも思わないが。

ただただ胸くそが悪い。それだけだ。

壮士は眉をひそめながらスコープを魔阿に向ける――と、

「……ッ!!!」

壮士は本能的に壁の影に隠れた。

目が、合った。ニイと笑った鬼と。

馬鹿な。あり得ない。魔阿とは200メートル以上離れている。ましてこちらはスコープを使っているが、向こうは裸眼だ。
そりゃ魔阿は人外なので視力も普通じゃないかもしれないが、

「それにしたって目と目が合うなんてこと……」

そうして壮士は思い至る。

「レンズッ……!」

スコープが反射したのだ。それしか考えられない。恐らく魔阿はこちらを壮士だとは認識しておらず、誰かがいると、それだけを察知したのだろう。

――ピ、と小さな電子音が鳴った。

壮士はギリギリと歯を鳴らし、もう一度窓の外に目を向けた。

「勘弁しろよッ!」

薄ら笑みを浮かべた魔阿が壮士の居るホテル目掛けて、尋常ならざる速度で迫っていた。
スコープを使わねばハッキリしなかった姿形が、もう肉眼で捉えられるくらいに接近している。

「下手打った……」

そんな絶望感いっぱいの独り言を漏らしつつ、壮士はありったけの血液を脳に回した。

「どうする。逃げるか。迎え撃つか」

考えるまでもない。そんなの逃げるの一択だ。
トラップを仕掛ける時間もなければ、陣地を構築する余裕だってない。ガチでやっても殺されるのがオチ。さっきの男の二の舞だ。
第二の兄と慕うハゲも言っていた。戦闘は最終手段だと。

「けど逃げるたって……!」

どこに逃げればいい。どうやって逃げればいい。
既にこの建物内、それも高層階に獲物がいることまで把握されてしまっている。ましてあの人外は、壮士と比べ物にならないくらい足が早いのだ。ソナーもある。とてもじゃないが逃げ切れると思えなかった。

「クソッタレが! まじでヤバイぞ!」

そうこう迷っている内に、魔阿の接近を知らせる音の間隔がどんどん短くなっていく。
どのくらい距離があるのか判らないが、このペースだと1分以内に会敵《インターセプト》するかもしれない。

「足早すぎるんだよッ! もっとゆっくり来やがれッッ!」

なんて、悪態をついたところで現実が変わってくれるはずもなく。
壮士は廊下に飛び出て非常口を探した。と、直ぐに見つかった。咄嗟に緑のマークを目掛けて走り出そうとして、けれど壮士は直ぐに足を止め、

「チッ……!」

非常口から魔阿が来ることもあり得る。
エレベーターはどうか。これだけ大きな建物だ。一箇所だけということはないだろう。いや、そもそもエレベーターが動くかどうか判らない。ここは既存の都市をモチーフにした心象世界でしかないのだ。
いずれにせよ経路は絞れる。
非常階段か、あるいは最低二箇所はあるであろうエレベーターか。そのいずれかから魔阿は来る。
一箇所に賭けて待ち伏せするか。駄目だ、通用すると思えない。そのくらいのこと冷静な彼女は想定しているはずだ。逆に利用されるかもしれない。
逃げるにしたって無策に逃げては直ぐに追いつかれる。何かしらの足止めが必要だ。

「だったら」

壮士は踵を返し、室内に戻った。ドアにチェーンを掛け、それから大きなテーブルを引きずって唯一の入り口を塞ぐ。お手軽簡単かつ頼りないバリケードの完成だ。
続けて壮士は腰から相棒を引き抜き、高層階用と思われる分厚い窓ガラスを撃ち抜いた。三発放ったのち、そこへこれまた高そうな椅子を叩きつける。
窓ガラスは粉々に砕け散り、壮士はパックリ開いた窓から身を乗り出して外を覗き見た。
恐らくは三十階を数える高層。下を見るだけで怖気が走る高さだ。

頭の中ではもう煩いぐらいにアラーム音が鳴り響いていた。
しかし壮士はニヤリと笑い、

「……いける」

◆◇◆

ドアに浴びせ掛けられた衝撃は、大気だけでなく、物理的に部屋全体を震わせた。
一撃ごとに鉄製のドアが歪み、くの字に折れ、蝶番《ちょうつがい》がひしゃげて、都合五発目を数えたと同時に、分厚いドアが対面の壁まで吹き飛んだ。
がらんどうになった入り口に立つ少女は、口元に微笑を浮かべ、サファイアの瞳に喜色を宿した。
その堂々たる姿は、彼女の内にある自信と、己が狩る側である旨を声高に主張していた。
魔阿は青い眼球を巡らせながら一歩踏み出す。が直後、その整った形の眉が訝しげにハの字に曲がる。

「…………」

彼女の注意を引いたのは無論、粉々に砕かれた窓ガラスだ。
魔阿は悪魔を創主と仰ぐだけに、壮士のようにはしたなく舌打ちなどしない。一瞬だけ困った顔を作り、外を覗き見ようと窓に近づいていく。

瞬間、

「……?」

コロリと、足元に拳大《こぶしだい》の円柱が転がった。
魔阿は大きく目を見張る。

「まさ――」

放たれる閃光。轟く爆音。大気を消し飛ばすほどの衝撃。熱。甚大な破壊をもたらすそれらが魔阿を巻き込み、周辺一帯のことごとくを吹き飛ばした。
壁の一部が崩落し、贅を尽くした家具の一切が粉々に砕かれる。そうして部屋は白煙に覆い尽くされ、火薬の焦げた匂いで満たされた。
爆発から数えること十秒余、気圧差から、破られた窓に煙が吸い込まれていく。
徐々にクリアになる室内に、薄く映った人型のシルエットが一つ。それが、ススまみれに横たわる少女に向けて二発、銃弾を浴びせ掛けた。

「ッ……」

凶弾は少女の両脚を貫き、立ち上がる選択肢を奪ってしまう。
もっとも、至近距離で手榴弾をもらってしまっては、いかに魔阿が人外であっても立ち上がることは叶わない。彼女は不死に近い存在だが、死なないわけではないのだから。
それにしたって、

「うっわ、まだ生きてんのかよ……。しぶといな」

手榴弾を食らわせた上、さらに足を撃ち抜く壮士の念の入れようは、いくらなんでも度が過ぎているのかもしれない。

「あ、あぁ……、どなたかと思えば、そ、じ様ですか……」

全身を血で赤く染め、瓦礫ないしススまみれの魔阿が、かすかに口の端を持ち上げた。

「うん、壮士様だ。ごめんな。痛かったか?」

軽い調子で応える壮士は、もちろんこれっぽっちも悪いと思っていない。どころか、これだけやっても死んでない魔阿にドン引きしている次第である。

「いたぃ……どころか、女の子相手に爆弾とか……、っ……、めちゃくちゃしますね……」
「お前が女の子かどうかは議論の余地がある気がするけど、爆弾については概ね俺もそう思う」

じっさい壮士は、琴子に手榴弾を渡されたとき、それはもう頬を引きつらせたものだ。
銃なんかは民間で出回っている国もあるが、手榴弾なんて完全に兵器だ。どっから調達してきたんだと、琴子と円成寺の家の力に本気で恐怖したものだ。

「ちょっと逃げ切れそうになかったからな。小細工させてもらった」

ドアを塞いだバリケード。叩き割った窓などはすべて欺瞞。
壮士が窓から逃げたと思ってくれるかはさておき。ドアを塞ぎ、さらに『そこから逃げました』みたいな感じで窓が破られていれば、どうしたって注意が向く。
壮士としては一秒か二秒、魔阿の注意が外へ向き、立ち止まってくれればオーケーだった。
カウンターキッチンに身を隠し、手榴弾を転がせばドンッだ。

「そ、ですか……、これは、さすがに……想定していませんでした……」

本当に色々な物をお持ちですね、と言っていた魔阿も、まさか手榴弾まで持っていたとは予想していなかったらしい。
悪魔じゃないが参謀様々である。
ともあれ、

「このまま放っておいても死にそう……ってわけじゃなさそうだな」
「ええ……」

魔阿が受けた傷口から煙が立ち上がり、徐々に傷口が塞がっていく。
これは想定内だ。鬼が不死でないなら、プレイヤーの皆で鬼を殺す目が出てくるだろう。単独で逃げ回ったところで、見つかったら殺られてしまう。それなら力を合わせて殺ったほうがまだいい。

「んじゃまあ、とどめを刺させてもらうけど、恨んでくれるなよ?」
「どうぞお好きに……。次みつけたら……ぶっ殺しますから。ぜったいに」
「だから恨むなって」

壮士は苦笑い気味に肩をすくめて、無慈悲に魔阿の額を撃ち抜いた。
魔阿の瞳から虹彩が失われ、ピクリとも動かなくなる。

壮士は相棒を腰に収めながら独りごちた。

「……琴子に感謝しないとな」

手榴弾のこともそうだが、殺人の経験を積ませてもらったことが大きい。
怖くなかった。動揺もしなかった。ただ嫌な気持ちになるだけだ。

「さて、我が妹様を探しに行くとするか」

壮士は「すまんな」と魔阿にパチンと手を合わせたのを最後に、部屋をあとにした。

◆◇◆

非常階段を使い、慎重かつ大胆にホテルの一階まで到達したところで、壮士は琴子探索の算段を立てることにした。
幸いなことに、このホテルのなかで他のプレイヤーに出くわすことはなかったが、直ぐにこの場を離れなければならない。鬼の復活は時間の問題だ。

「取り敢えず、近場から探すのは避けたほういいか」

早々に鬼と再戦する始末になっては目も当てられない。
鬼と距離を取りつつ琴子を探索。そして、できることなら他のプレイヤーと出くわしたくない。こちら側であれ、敵方であれ、今は他人に関わっている場合ではない。琴子発見が最優先だ。

「となると、やっぱ地下鉄か」

地下鉄網を使って一気にフィールドの東側に移り、それから“面”でインカムが反応するポイントを探す。
そう方針を立てて、壮士は手近にある地下鉄の入り口を目指した。

土地勘があるおかげで、あっという間に駅に到着。
階段を降りようとしたその時、

『もしもし? 聞こえますか?』
「――――」

インカムから聞き覚えのない声が届き、壮士は思わず息を呑む。
やや低い女の声。壮士は嫌な予感を覚えながら、

「誰だ」

あ、と小さな反応が返ってくる。が、壮士は相手の言葉を先回りして、

「そのインカムをどこで手に入れた。お前は誰だ。琴子に傷の一つでも付けようもんなら、思いつく限りの拷問したあとで殺してやる」
『……穏やかじゃないですね、桐山壮士さん』

軽く脅しの色を帯びた声を受け、壮士はいよいよ確信した。
こちらの名前まで知られているということは即ち、

「お前の話を聞いてやる前に、まずは琴子の声を聞かせろ。話はそれからだ」
『構いませんよ』

暫くゴソゴソという音が聞こえ、

『お兄様、申し訳ありません』

壮士は手で顔を覆い、天を仰いだ。

「怪我してないか」
『ええ、五体満足です』
「良かった。で、人質に取られたと」
『はい……』

壮士は必死に「はいじゃないよ……」というツッコミを飲み込んで、努めて明るい声で語りかける。

「余計な真似はするな。相手に逆らうな。生きることを優先しろ。必ず助けてやる」
『承知しました。相手は――』

そこで琴子の声が途絶え、再度ゴソゴソという音が鳴り、

『という次第です』
「要求を言え」
『話をしましょうか。顔を合わせて。ひとまずそれを一つ目の要求とします』
「わかった。どこへ行けばいい」
『そちらの現在位置は?』
「フィールドの西側だ。これから地下鉄を通って東側に出るつもりだった。ちなみに西側は避けたほうがいい。ついさっき鬼と殺りあったばかりだからな」
『……鬼とやり合った? よく生き残れましたね』
「生き残るどころかぶっ殺してやったよ。案の定、あいつ不死身みたいだし、直ぐに復活するだろうけど」
『それは凄い』
「琴子に手を出せばお前もそうなる」
『覚えておきます。じゃあそのまま東側に出てください。私も駅近くに移動します。どのくらい時間が必要ですか?』
「十五分で行く」
『わかりました。着いたら連絡をください』

そこで通信は終わった。
壮士は盛大に溜息をついたあと、痛む額をコツコツと指で叩き、

「琴子ぉ……、頼むよ……」

優秀な参謀殿のポンコツぶりに思いを馳せ、壮士は嘆き節を漏らしたのだった。

クロ

クロ

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