悪魔の章 018.敗北

「手段は問いません、時間内に相手を殺害してください。制限時間は8秒です」

サファイアの瞳を持つ少女が高らかに謳う。

「ゲームスタート」

魔阿の宣言と同時に8の字が減算を始めた。

【残り7秒02】

壱の秒が失われた刹那。

「――――」
「――――」

殺し合う定めとされた男二人は意識のすべてを驚愕に奪われ、その場を微動だにできなかった。
息を吸うのを忘れ、吐くのを怠り、思考の一切を停止したまま凝結した氷のように全身を硬直させる。

【残り6秒48】

血走った眼球をグルリと巡らせ、二人が互いを見やったのは、ほぼ同タイミング――。

「……ッ!」

壮士のそれは限りなく肉体反射に近い。
左の脚に血を送り、明と真逆の方向に飛ぶ。宙空に身を委ねる瞬きするような一瞬の世界で、壮士は腰から獲物を引き抜き、安全装置を指で弾いた。
しかし、

【残り6秒18】

(いな――ッ!?)

銃口を向けた先に明の姿がない。
それを知覚したと同時に、腹部に鋭い衝撃が走った。

「づッ……!」

眼下には猫のように身をかがめた明の姿。
壮士が飛んだと同時に懐深くに入り込んだであろう彼が、こちらの腹にナイフを突き立てていた。

「ぐ……ぉぁッ……!」

痛みに脳を灼かれ、歯をきしらせ、そうして壮士は銃を選択したのが下策だったと知る。――と、未だ驚愕の残滓を留めていた明の表情がさらなる驚愕に歪んだ。

「!?」

ねじ込んだナイフが埋まったのは先端だけ。
凶刃は服こそ貫通したが、防刃ベストに阻まれ腹を割くには至っていない。

【残り5秒09】

「ハハ……」

壮士は口の端を持ち上げ、相棒を手放す。
腰から大ぶりのナイフを引き抜き、無防備となった明の背を目掛けて振り下ろし――。

「――ッッ!?」

直後、浮遊感に襲われた。
景色がグルリと反転し、眼下にあった筈の明の背が消えて無くなり、なぜか視界には天井の配管が映っている。

投げられた――、と認識した時には手遅れだった。

ごっ、という鈍い音が体の内側に響く。
頭から地面に叩きつけられ、壮士は目を回しながらナイフを取り落とす。

「こ、の……」

激しく脳を揺さぶられ、壮士は一呼吸の狭間、視覚と触覚の両方を失ってしまう。
肉体的なダメージは深刻ではない。しかし、戦況に与えるダメージは深刻だった。

【残り4秒19】

覚束ない視界に薄く映ったのは悲哀を顔に刻む明の姿。
馬乗りになった彼は、今まさにナイフを振り下ろさんとしていて――、

「すまない」

ボソリと呟かれたと同時に、銀色に輝く刃が目と鼻の先まで迫る。
壮士は悟った。

(殺られ――)

無理だ。防げない。
この怜悧な刃は、瞬きする間にこちらの眉間を貫いてしまうだろう。

(――るかよッッ!)

胸の内で叫び、壮士は折れんばかりに首をひねる。
躱しきれなかった刃が頬を舐めるように滑り、その勢いのまま右耳までを真っ二つに切り裂いた。

驚きに目を剥き、明が再度、今度は首を狙った二撃目を放つ。
壮士は顔半分からとめどなく血を流しながら、迫る刀身を手で掴み――、

「ぐっ……!」
「~~~~ッ」

鬼の形相を貼り付けた二人が、押し、押し戻す。
が、マウントを取られた壮士に勝ちの目はない。
少しずつ、けれど確実に、体重の乗った凶刃が迫る。

【残り2秒55】

刃が壮士の首筋に触れた直後、獣の断末魔のような咆哮が部屋の全域に響き渡った。

「あああああああああああああッッ!」

明のそれは、もはや絶叫と形容するには生易しい。
壮士の親指が明の右の目をえぐっていた。

「らぁぁぁッッ――!」

叫び、壮士は根本まで押し込んだ指を頭蓋《ずがい》に引っ掛け、渾身の力を込めて引き倒す。
明の頭を地面に叩きつけると同時に、壮士は体《たい》を入れ替えると、ナイフを掴んだままだった手首をひねって明の首筋に刃を押し当てた。

「ハァッ……! ハァッ、ハッ……!」

壮士は脳内物質を撒き散らしながら獣じみた吐息を吐く。

顔面の右半分が灼けるように熱い。視界は真っ赤に染まっている。
興奮か、あるいは痛みのせいか。なにも考えられない。
存在するのはただ一つ。腹の底から湧き上がる衝動だけだ。

(殺す、殺す、コロス、ころす、殺す、殺してやるッッ!)

【残り※秒※※】

明の首を切り裂かんと体重を乗せたその時――か細い音が聞こえた。

「ゆりこ、ごめん、ごめんな……」

血と、涙と、鼻水と、よだれで汚れた男の口が繰り返し同じ音を奏でている。

「あ、あぁ……、ぁ、ぁ……」

その音を聞きたくなくて。
その音を聞いちゃいけない気がして。
その音を聞いていることが苦しくて。

その音が、あまりに罪深かったから。

だから。

「あぁアアァあああァあッッッッ――!」

大量の血が弦の切れたような勢いで吹き上がった。
鉄の味のするそれがびしゃりと顔にかかり、文字通り辺り一帯を血の海に変えてゆく。
命の灯火が消えていくのと呼応するように、明の身体が痙攣し、やがて血が止まった頃、彼の瞳から虹彩が失われた。

「装備の差が出ましたね」
「…………」

整然とした声の主に、壮士はヌルリと首を巡らせる。
薄く微笑む魔阿の傍らにある数字は『00:04』で止まっていた。

壮士は空白のただなかにありながら、ぼんやりと思う。
殺されて当然の展開だった。彼女の言う通り、防刃ベストを身に着けていなければ初撃で腹を貫かれていた。グローブを付けていたからこそナイフを握れたのだ。
ただ運が良かっただけだ。
一瞬で生死を分かつ戦いに於いて、地力なんてクソの役にも立たない。琴子が用意してくれた装備の数々に命を救われたに過ぎない。唯一明を上回った点があるとすれば、それは目をえぐるという発想ができた精神性だけだろう。

「ともあれ、桐山様の勝利です。おめでとうございます」
「めでたい……?」

呆然と答え、壮士は明に目を向ける。

嘔吐感すら覚える凄惨な死体だった。
目をえぐられ、骨ごと首半分を切断され、体液と血で汚れてしまった顔。
片目となった生気のない明の瞳がぼんやりとこちらを眺めている。
その死に様は神威のそれと比較にならない酷いものであり、

「おれは、なんてことを……」

壮士はくしゃくしゃに顔を歪めて己の罪深さを思い知る。

百合子の夫を殺してしまった。
もうこの瞬間を以って、ハッピーエンドの道は断たれてしまった。

神に奪われた命を取り戻し、皆がそれぞれの日常に帰ってゆく。
そんな未来をずっと想像してきた。夢みてきた。糧にしてきた。
壮士と穂乃佳の関係のように、すべてが元通りとはいかないけれど、それでも神を殺しさえすれば、死んだ人たちがあるべき人生を歩めるはずだと、そう信じてきたのだ。

「百合子さんに……、兄貴になんて言えば……」

そんな未来は失われた。
少なくとも百合子の未来に幸福はありえない。

判っている。これは人同士が殺し合うゲームだ。そんなことは重々承知していたし、覚悟だってしていた。幸か不幸か、琴子のおかげで殺人の経験も積ませてもらっている。
だが、

「これのッ! どこがめでたいッッ!?」

壮士は瞳に赫怒《かくど》を宿して叫んだ。

槇島明という人はここまで酷い死を与えられるべき人なのだろうか。
そんな筈がない。あってはならないことだ。
明のことをほとんど知らないに等しいけれど、判ることだってある。
彼は誠実な人だった。敵である壮士に胸の内を明かし、殺し合うことを避けたいと意思を示した。是が非でも取り戻したい人がいるのにだ。

「心中お察し申し上げます」

魔阿は痛ましげな顔を作り、けれど淡々と告げる。

「しかしこのゲームは殺し合いです。これから先、桐山様は幾人もの人を手に掛けねばなりません。取るに足らぬ道徳心に囚われていては勝ち残れませんよ?」

ぶちり、と頭のなかで何かが切れた音がした。

壮士は明の指を丁寧にほどき、彼の愛刀であろうナイフを手に立ち上がる。
魔阿の言葉は正しい。確かに道徳心に囚われていては勝ち残れないだろう。
だがそれは『取るに足らぬ』物だろうか。
この明の死体を目にして、琴子は取るに足らぬと言うだろうか。

(言わない。アイツはそんなこと絶対に言わない)

すべての人が良心を持っているとは思わない。世の中に悪道外道のたぐいはいくらでもいる。
しかし、人は良心を持つからこそ人たらしめる。
苦悩し、呵責を覚え、正しくあろうとする生き物は人だけだ。

「……クズが」

よく判った。今度こそ理解した。こいつらは人の命をなんとも思っていないのだ。
この真に外道たる人外は明の願いを冒涜した。
それは即ち明の覚悟を、死を汚すのと同義だ。

「――ッ!」

壮士は一足飛びに魔阿へ肉薄し、白く細い首を目掛けてナイフを振り下ろす。

「お怒りは分からなくもないですが――」

が、魔阿はいとも簡単にナイフの刃を指で摘んでみせ、

「お門違いもいいところです。槇島様を殺したのは貴方でしょうに」
「お前らが強いたんだろうがッ!」

叫び、壮士は左の拳を魔阿の顔面に放つ。
魔阿はしかし、難なくそれも手で受け止めて、

「いいえ。私も創主様も強制しておりません。貴方が自分の意思でこの場に臨んだのです」
「……っ、けど神は兄貴たちに――」
「神様のゲームについては私の預かり知らぬことです。槇島様のことで怒っておいでだったのでは?」
「っ……」

喉を詰まらせた壮士に対し、魔阿は分かりやすく呆れの溜息をついて言う。

「桐山様にはいささか失望しました。血の気は多いが情に厚い分別《ふんべつ》のある男――。創主様からそう聞いていたのですが、どうやらお見立て違いだったようですね」
「抜かせッ、下衆どもがッッ! 人の命を玩具にしやがってッ!」
「ならば問いましょう。もし殺した相手が槇島様ではなく、欲深い悪人であったなら貴方はこうまで怒りをあらわにされたでしょうか?」
「それは……」

何ひとつ反論の言葉が思い浮かばなかった。
明と出会う以前、壮士は『殺しても良心の傷まぬ悪人が来てくれれば』と思っていた。勿論、そうでなくとも殺すことに変わりない。誰であろうと殺すと覚悟していた。
けれど突き詰めれば、前後不覚になるほど憤っているのは殺した相手が明だからではなく、彼が百合子の夫だからなのだろう。

百合子がどういう人であるか知っている。
百合子を救いたい。心の底から彼女の幸せを願っている。
だからこそ明に共感したのだ。同じ失った者として、彼の喪失感と渇望が痛いほどわかるから。

それが判った途端、怒りの熱が急激に冷めていった。
壮士は肩の力を抜き、それから拳を降ろして、サファイア色の目と目を合わせて言う。

「すまなかった」

真摯に詫びた壮士に、魔阿は軽く目を見開いて、

「なるほど。桐山様は己の非を認められる方のようです。私も訂正し、お詫びします。創主様のお見立ては間違いではなかったようですね」

言って、魔阿が微笑を浮かべる。
彼女はしかし、直ぐに鋭い目をこちらに向けて言う。

「今回は初犯ということで大目に見ますが、以降、私を襲わぬよう忠告します。
私とカムイはプレイヤーに危害を加えてはならないと指示されていますが、無条件にという訳ではありません。自衛は認められていますし、ゲームの進行に悪影響があると認められるプレイヤーを処罰することも許されています」

わかった、と壮士は力なく答え、それから背後で横たわる明の亡骸を振り返った。

「……結局、俺の覚悟が足りなかったってことだろうな」
「かもしれません。ですがカムイを含めてこれで二人目。まして今回は救いたいと思う人を殺めたのです。覚悟を固めるに十分な経験を積まれたのではないでしょうか」

魔阿の評価は少々手厳しいものであり。

「そう願いたい」

言って、壮士は明の亡骸に歩み寄ると、許しを請う罪人のように跪《ひざまず》いた。
彼の遺骸がどうなるのか気に掛かったが、それを問うのは覚悟のそれと同じ話だろう。
壮士は明の瞼をそっと閉じ、暫くのあいだ手を合わせると、それから彼の身体を検め始めた。

「なにを?」

魔阿の問いに答えず壮士はいくつかの小物を見繕うと、最後に明の左手に手を伸ばした。
まだ温かい彼の左手の薬指。そこには銀色のリングが鈍い輝きを放っている。
それを丁寧に抜き取り、一度ギュッと握りしめて、大切にポケットにしまう。

「百合子さんに渡したいんだ。あと、最期の様子もちゃんと伝えたい」
「そうですか」

魔阿は一瞬だけ痛ましい顔で壮士を見て、

「桐山様」
「うん?」
「今後も貴方様のことを、壮士様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「別にいいけど、なんで」
「響きが気に入りましたので」

勘違いだと思う。
しかし魔阿の言葉に、慰めのようなニュアンスが込められていたような気がして。
故に壮士は『案外こいつは真正のクズじゃないのかもしれないな』などと考えつつ、

「好きにしろ」
「そうさせていただきます」

苦笑い気味に言った壮士に、魔阿は促すように左手を持ち上げた。

「改めまして。初戦をみごと勝ち抜かれたこと、心よりお慶び申し上げます。あちらの扉から退出ください。元の待機場所に繋がっています」
「お前は来ないのか? 案内役なんだろう?」
「私は次のゲームがありますので同行できません。初戦のすべてが終了次第、案内に参上します。多少の待機時間がございましょう。傷を手当され、次のゲームに備えてください」

指摘されて初めて、壮士は顔の右半分に走る痛みを自覚する。
今の今まで興奮と怒りに我を忘れていたが、現在進行系でボタボタと血が滴《したた》り落ちているし、なにより猛烈に痛い。
場所が場所だけに傷の具合が判らないものの、肩と首は血だらけだ。出血量と痛みからして結構な重傷かもしれない。

壮士は痛みに顔を歪ませつつ、顔半分を魔阿に向けて、

「どうなってる?」
「そうですね……。頬の傷は浅いようですが、耳の方は根本から真っ二つです。早めに止血して縫合しないと大事になるかもしれません」
「そっか。まあ、あとで琴子に――」

琴子の名を口にした途端、壮士はありありと焦燥を顔に貼り付けた。

「マア」
「なんでしょう」

無傷ではないし、酷いこともたくさんあったけれど、どうにか壮士は勝ちを拾えた。
だが、それだけでは足りない。琴子も勝ってこその勝利だ。

「赤の部屋がどうなっているか分かるか?」
「わかります。もっとも、リアルタイムで把握している訳ではないので、今から覗き見るという感じになりますが。それでよろしければ」
「構わない。教えてくれ」
「わかりました。少々お待ちください」

言って、魔阿が瞼を閉じた。

壮士は信じていた。琴子は必ず勝つ。
ともすれば琴子は早々に勝ちを収め、あのモノクロ世界で壮士の帰りを待っているかもしれない。

ただの希望的観測ではない。根拠がある。
壮士は青の部屋で戦った。そして青の部屋を勧めたのは魔阿だ。
青で行われたゲームは暴力で争うものだった。もし琴子が青の部屋に臨んでいたなら、為す術なく殺されていただろう。
今なら確信が持てる。それを見越して魔阿は琴子に青を避けさせたのだ。
もし赤で行われているそれが、青と同様、力が必要なものであったとしても勝ちの目はあるはずだ。むしろ琴子の得意とする分野である知力を用いるゲームである可能性が高い。
だから琴子は勝つ。絶対にだ。

そう信じていたのに――、

「おい……、なんだよその顔……」

魔阿の表情がみるみると曇ってゆく。
彼女は顔を伏せ、銀色のおさげを揺らせながら首を振り、

「敗北したようです」
「はいぼく……? 琴子が負けたっていうのか……?」

はい、と顔を上げた魔阿の表情は同情心に満ち溢れていて。
そうして彼女は絶望的な言葉を口にした。

「丁度いま殺されるところです」

◆◇◆

同時刻。

とある部屋に三人の女が居た。
彼女たちの居る部屋は一面白で埋め尽くされている。ただ、その白色はあまり綺麗ではない。ところどころ塗装が剥げ、錆のようなものも散見される。
そう。彼女たちが居るのは、壮士が戦ったのと同じ造りの部屋。縦に千、横に千、合計で百万を数える部屋群の一室だ。

壮士が居る部屋と唯一異なるのは、部屋の中央に長丸のテーブルが備え付けられていること。
そのテーブルの表面には鮮やかな緑色のフェルトが張られている。テレビや映画などで目にする、いわゆるポーカーテーブルだと思われる。
事実、その使途を裏付けるように、テーブルの上には幾枚ものトランプカードが並べられていた。

そんなテーブルを囲む三人の女。
内二人は殺し合うことを定められ、内一人は殺し合いを捌《さば》く役割を担っていた。

「…………」

殺し合う二人の内の一人。
恐らく年の頃は二十代前半であろう彼女は、対面に座る少女を静かに見つめる。
その整った面立ちに緊張や焦燥の色は見られない。むしろ、ゆったりと背もたれに体を預け、口元に微笑を浮かべるその様は、ずいぶんと余裕を感じさせるものだ。

「しょーじき、お前にはガッカリだよ」

女性と少女の中央に立つディーラー、神威がルビー色の瞳に失望を宿して言う。

「あんだけちょーしこいてたんだし、ソコソコやるんじゃないかって、カム思ってたんだけど。まさか初戦敗退とか! ちょーかっこわるい! お前、期待してくれたじーちゃに謝れよ」

殺された恨みつらみを晴らすように、神威は蔑みを満載に少女を見下す。
そして最後の一人、見下された彼女は――。

「こ、こんなものはイカサマです……」

たどたどしく言った琴子の声は震えていて、そしてその青い顔には一欠片の余裕すらなかった。
怯え、色を失う琴子の姿に、神威が喜色の笑みをたたえて言う。

「イカサマねぇ……。約束どーり、カムはちゅーりつにジャッジしてあげたじゃないか。まあ? イカサマだって言い張るなら、どーゆーイカサマしたのか言ってみろよ。お前の言い分が正しかったらゲームをやり直してやるよ」

直後、どうにか抗弁しようと琴子は口を開く。

「ぁ……、ぅ……」

けれど、細い喉が奏でたのは意味をなさない音だけだった。
無理もない。イカサマなど存在しないのだから。

「こんなはずでは……」

琴子は悔しげに唇を噛み、膝の上で拳を握る。
そんな彼女を神威は哀れみの目で見て、テーブルの上に小型のリボルバーを置く。

「んじゃ、終わりにしようか」
「…………」

神威に促され、琴子は数秒リボルバーを睨めつけると、ぶるぶると震える手を伸ばし――、

「あー、ねんのために言っとくけど。自分で死んだほうが楽だよ? もし逃げたら、お前の腕と脚をもいで殺してやるから」
「逃げはしませんッ!」

心外だとばかりに琴子が睨むと、神威は愉しげに「ならいいけど」と嗤い、

「はよ死ね」

琴子は大きく息を吸い、息を吐き、それから冷たい銃口を自らのこめかみに押し当てた。
醜態だけは晒すまい。その一心で瞼を閉じ、引き金に指をかける。

「お兄様……。お許しください」

魔阿の見立てに誇張はない。
琴子は真実敗北し、死ぬ寸前まで追い込まれていたのだ。

クロ

クロ

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ノクターンノベルズにて「神様のゲーム」連載中です。 ゲーム版の公式サイトはこちら